信条は「癒し」

ここ半月ほど風邪のため寝込んでしまった。咳が中々ぬけない。新型インフルは熱が38度以上出るそうで、私は全然熱が出ないので新型ではないと、医者から言われた。あまり長引くのでレントゲンも撮った。異常なし、ただの風邪とのことでホッとしている。あとは気を引き締めて、回復に努めていくしかない。
さて、休養でゴロゴロしている間にも、すこしずつではあるが本は読んでいた。図書館から無作為で借りてきた本は、2冊とも非行少年、少年の暴力を取り扱ったものであった。一冊目は「幸福の軛(くびき)」(清水義範著)、二冊目は「烈火の月」(野沢尚著)である。少年の生い立ちに原因があり、子どもは親の背中を見て育つ、よって親がだらしなく暮らし、「こんな子を産むんじゃなかった」とか「子どもなんかいらない」などと邪険に扱えば、子どもだってひねくれて育ち、「人のため、世の中のために役立とう」などと思うはずがない。物心がつくようになると、「自分は何のために生れてきたのか」「何で今、ここにいるのか」と疑問を持ち始め、身近な親や、世間に対してまでも不信感や復讐心が芽生えてくる。後で更生施設に入れて矯正を試みても、時既に遅し、の場合が少なくない。
人間以外の動物達の生活ぶりを見習うべきであろう。共同生活の中で、子ども達がまわりの大人たちに見守られながらスクスクと育っている。親たる者の自覚こそが大事である。貧しくとも子どもを慈しみ、精一杯力強く生きて居れば、子どもも立派に育っていく。大切な子孫を残すことに対して安易に考えてはいないかと危惧している。
この間、私のこれからの信条についていろいろ考えた末、「癒し」でいくことにした。「癒しの空間」を作り、このギスギスした世の中の緩衝材になろうと思う。私のこれからの仕事も、これに結び付けてがんばっていく。和やかな暮らしを目指して!
  (了)