新年の抱負

平成20年が穏やかに明けた。初日の出も雲一つない地平線から真新しい光輝く崇高な姿を、取手の橋の上から妻と共に拝むことが出来た。昨年末から書きたかったことを溜め込んでいる。まず、読売新聞の「時代の証言者」から“藤原正彦”をまとめてみたい。11月21日から12月26日まで、全25回に亘って連載された。
「数学者、お茶ノ水女子大教授にして洒脱なエッセイストの藤原正彦。ベストセラー「国家の品格」では、教養を取り戻し、日本の高潔な国柄を回復せよと訴え、日本人のあるべき心のかたちを考え直そうというブームに火をつけた。武士道精神を教育した父・新田次郎、母藤原ていとの思い出を交えながら、数学と文学の間を往来し続ける半生を振り返ってもらった。」
「父・新田次郎は、気象庁では一職員としての仕事をきちんとこなしながら、作家としてもたくさんの連載・作品を書き続けました。過酷なこの「二足のわらじ」の生活を18年間続けたわけです。私も大学教授と文筆活動の二足のわらじをはくようになって、父の苦労がしみじみわかりました。……夕飯をそそくさと済ませると、丹前姿の父が、「闘いだ、闘いだ」と言いながら2階の書斎へ上がっていく。「今、この苦しさに負けたら、作家として脱落してしまう」との思いがあったのでしょう。風邪で熱っぽい日でも、闘いだとつぶやきながら、よろよろと書斎へ向かっていきました。その背中には鬼気迫るものがあって、見ていて怖かった。2階への階段はちょうど13段で、まるで死刑囚が上がっていくようでした。」
「「自分が物書きになるなんて思ってもいませんでした。帰国すると父が、アメリカでの体験を忘れないうちにまとめておいたらどうだと言う。1章書いたら、おもしろいというので書き継いでいったのです。5章まで書いたところで、父は私の書いたものをネタに小説を書こうとしているのでは、という疑念がわいた。「お前ほど長編に書いてみたい人間はいない」とかねがね言っていましたから。数学者として貴重な30代前半の時間を浪費するわけにはいきません。父にただすと、「いや、かなりの水準に達している。このまま本になる」と言うんです。結局10章まで書きました。父に乗せられて書いたようなものです。父は「親のひいき目があるといけない」と、知り合いの編集者に読んでもらおうとしたのですが、「先生の息子さんとはいえ、数学者に文章を書けるわけがない。読んで断ったら先生との関係が悪くなる」とみな逃げた。新潮社の編集者だけが勇気を出して、「出版を保証するものではない」と何度も念押ししてから読んでくれた。すぐに「出させていただきます」ということになり、77年秋に出版されたのです。(注:「若き数学者のアメリカ」)
新人で初版1万部は異例でしたが、1週間もたたずに増刷となりました。」
「イギリス滞在で驚いたのは、同じアングロサクソンでありながら、価値観も趣味もアメリカとはまるで違うことでした。……アメリカ人のように、論理的に正しいからと自分の意見を強く主張したりすると、「ユーモアのない人」と遠回しに非難されます。「自慢」はアメリカでは率直と受け取られますが、イギリスでは厳禁です。周りの空気や相手の気持ちに配慮したり、以心伝心を大事にするなど日本と似ています。ケンブリッジ体験を経て、日米の比較だけではわからないことが見えてきました。アメリカの競争一点張りが実は弊害も多いこと、経済は沈滞していようと、イギリスの伝統を大事にする精神、絶妙のバランス感覚、ユーモア、そしてエリート教育などに学ぶべき点のあることなどが見えてきたのです。
「一つの専門を貫徹するという体験は人間を強くします。私も19歳からがむしゃらに数学にのねり込みましたが、人間としての迫力はかなり身につけたように思います。私はこれを「強さの魅力」「血の魅力」と呼んでいます。しかし19歳から35歳という時期は何をするにも一番良い人生の黄金期なわけで、数学と引き換えに、犠牲にしたものは小さくありませんでした。古今東西の名作をじっくり読んだり芸術に触れることによって培われる「弱さの魅力」「涙の魅力」というものです。情緒や感性の力です。……仕事に打ち込む時は必死に向かっていけ。ボクサーを目指す者は一日中サンドバッグをたたいている。それが人生にどんな意味を持つかなんて考えていたら負けだ。『涙の魅力』はしばらく無視して構わない。けれど大事なことは、自分は今とても大切なものを放棄している、置き去りにしているんだということを忘れないこと。必ず後で戻れるように――そう言い続けています。」
大分長くなったので、これを“抱負への序章”として区切ることとする。
私としては、今まで置き去りにしてきたものうんぬんよりも、これから先何が出来るか、生き甲斐を再確認して、充実した残りの人生を健康に楽しく過ごしていきたいと思っている。尺八、ブログ、絵画、それに健康維持のためのフィットネス・クラブ通い、ゴルフ等か。もちろん“勤め”は出来る限り続けていく。           (了)