老人力

赤瀬川原平著「老人力」を読んだ。
歳をとるに従ってひどくなってくる、“物忘れ”や“ボケ”を逆転の発想で“老人力がついた”とトボケてみせる。この“老人力”なるものがいかにも魅力的な心地よい響きを持つ。
老人はとかく“力”には見放されやすく、衰退していく一方である。
では“老人力”とは具体的にどんなことを指すのか、本書からすこし引用してみよう。
老人力の特徴としては物を忘れる、体力を弱める、足取りをおぼつかなくさせる、よだれを垂らす、視力のソフトフォーカス、あるいは目の前の物の二重視、物語りの繰り返し等いろいろである。」「野球でもゴルフでも“力を抜いて行け”というが、あれは実は“老人力で行け”と言っているのだ。力を抜くには抜く力がいるもので、老人になれば自然に老人力がついて力が抜ける。」
「日本的な美の感覚というか、美意識といいますか、古来より侘びとか寂びと呼ばれてきた感覚があるのだけど、あれは実は老人力だと気づいて、なあんだと思った。
物体に味わいをもたらす侘び力、寂び力というのは、物体の老人力なのだった。とすると、老人力というのは日本文化だ。」
アメリカは若さとパワーだけを頼りに全員ライフルを手にしてひたすら前のめりの一つ覚えでやってきた国だから、老人力理解不能の国だと思う。しかしイギリスは老大国と言われるように老の字には縁がある。当然、老人力は漂っている。本人がそれを老人力として意識するかどうかはまた別だけど、その素養はあるのだ。
フランスなんかもそうで、パリやその他の街を歩いただけでも、石畳や、橋や、建物の壁や、そういった物体に老人力がついてきている。ただそれを老人力とか侘びや寂びとか言わないだけだ。」
と、このように話を発展させてくると、老人力が大手を振ってまかり通れるようになる。
「忘れっぽくなった、歳とったな」と愚痴っぽく言うかわりに、これからは「老人力がついたんだよ」と堂々と言ってやろうと思う。〔…それで何が変わったの?(陰の声)〕  (了)

老人力 全一冊 (ちくま文庫)

老人力 全一冊 (ちくま文庫)