結界

永六輔著「結界」(越えてはならないことがある)を読んだ。なかなか面白かった。ところどころを抜粋してみよう。
「技に秀でた人の呼称には、巨匠、鉄人、達人、名人といろいろあります。それぞろ意味も違うんです。
 巨匠は芸術の世界で業績を上げ、師と仰がれる人。
 名人はひとつの芸を極めた人。
 達人は広く道理に通達していたり、学問や芸術の分野に熟達した人。分野はけっこう幅広い。
 また鉄人は鋼鉄のように強い体をもった人です。
 どれがいちばん偉いのかって?
 そういう問題じゃないんです。」
「4歳の息子に、お父さんとお母さんのどっちが好きか聞くと……。
 『答えられないことは聞かないで』」
「『四の五の言うな』は、なぜ4と5なのか。
 実は日本語の場合、めんどうでわずらわしいことをあらわす言葉って、4文字と5文字が多いんです。うるさい、さわがしい、やかましい、だらしない……。
 それでいろいろ文句を言う時、言葉の代わりに数字の4と5を入れたんです。」
「僕らの世代って、兄弟が7人、8人ってのが当たり前でした。ところが今は少子化が進み、1.4人と1.5人の間を行ったり来たりしています。ひとりっ子が主流ですね。アメリカではひとりっ子のことを、シックス・ポケット・ベイビーと呼んでいる。お父さん、お母さんで2つのポケット。父母それぞれの両親でさらに4つ。合計6カ所からおこづかいが入り、何でも買える育ち方をしちゃってる。」
「昭和40年代からひとりっ子の傾向はありました。それが今は、結婚式へ行くと新郎も新婦もひとりっ子の場合が多いです。すると赤ちゃんが生れても、赤ちゃんにはおじさん、おばさんがいない。いとこもいない……。
 でも世の中って、家族と社会の間に「親戚」がいるもんじゃないですか。お父さんにしかられたけど、おばさんがかばってくれたとか、お母さんだけじゃ足りなかったおこずかいを、おじさんにもらったとか、いとことワイワイやってる世界が昔はあったんです。
 でも今は違う。となると子供は、外へ出ればいきなり社会へ出くわすわけですよ。人のいたみも知らないし、他人を
傷つけたこともないまま。
 兄弟喧嘩も必要です。その過程で、『こうやると痛いな』、『ここまでやっちゃいけないんだな』なんてのがわかるから。ひとりだから大事にされる。だから家族から離れると、いきなり冷たい世の中と接しちゃう。
 そこでどうなるかは、最近の犯罪を見ればよくわかります。
 この部分を手当てせず、学校の教育がどうだ、文部省がどうだ、親のしつけがどうだ、と言ってもだめなんです。」
                                             (了)